業務効率化とコストダウンを同時に実現、「調達DX」への取り組み方
デジタルトランスフォーメーション(DX)が多くの企業で進んでいる。しかし、企業活動に必要な直接材以外の、物品、設備、物流、IT、販促等にかかわる間接材の調達はデジタル化が遅れている領域の一つだ。
この「ラストフロンティア」とも言える調達DXには、業務効率化とコスト削減の大きな可能性が秘められている。
実際に非効率を改善する改革を進めるには、どのようなプロセスが必要なのか、そしてその結果としてどのようなコスト効果があるのか。
間接材の中でも特に事務用品や工具といった物品を専門に扱う企業向けのカタログ販売サービスを拡充しているMonotaROの田村咲耶社長と、間接材を含む購買領域を幅広くカバーするエンタープライズ・アプリケーション・ソフトウェアを提供するSAPジャパンの鈴木洋史社長に調達DXのメリットと実現への道筋を聞いた。

田村咲耶:東京大学大学院経済学研究科修了、ボストン・コンサルティング・グループ、GEヘルスケア・ジャパンを経て2020年3月にMonotaRO入社。2021年4月にサプライチェーンマネジメント部門長、2022年3月から執行役を経て、2024年1月に代表執行役社長に就任。現在に至る。鈴木洋史:90年4月日本IBM入社。00年8月i2テクノロジーズ・ジャパン入社。10年2月JDAソフトウェア・ジャパン社長。12年5月JDAソフトウェアアジアパシフィック地域副社長。13年4月日本IBM理事。15年1月SAPジャパン入社。2020 年 4 月より現職。
調達部門のDXは、なぜラストフロンティアなのか
──人事や経理業務のDXが進む一方で、「調達部門のDX」はあまり耳馴染みがありません。なぜでしょうか。
鈴木「今日、自社で購入した間接材の総額はいくらか」「それらをどこの会社から購入したか」と聞いた時に、正確に答えられる経営者はほとんどいません。
自社の支出がリアルタイムに把握できていない。これは調達部門のDXが進んでいる企業では、考えられないことです。
SAPは企業の間接材調達DX(IT、マーケティング、外注、物流など多岐にわたる間接材)を支援すべく、企業向けにSAP Ariba、SAP Fieldglass、SAP Business NetworkといったSaaSを提供しています。
モノタロウさんは間接材調達のためのサプライヤーとして、企業の調達DX支援に積極的に取り組んでいらっしゃいます。
私も田村さんもさまざまな経営者の方にお会いしますが、「調達部門のDXを進めよう」という危機感を持っている企業は少ないのではないでしょうか。 田村 確かにおっしゃる通りです。
調達部門のDXが進めば、企業の資材調達をデジタル化し、一元管理が可能になります。これを進めていないことによる損失の大きさに、気づけていない経営者はまだまだ多いと感じます。
この10年ほどで日本企業はさまざまなDXに取り組んできました。特にクラウドやSaaSを中心としたサービスが充実したことにより、人事管理や経費精算などのDXは一気に進んでいます。
しかし、調達部門のDXは、多くの企業で後回しになっています。
企業において、調達購買に関する業務は多くの部門にまたがって発生し、結果として膨大な工数が費やされています。調達部門のDXを進めることによってほぼ確実に生産性向上、コストカットを期待できます。
生産性向上、利益追求に目を向ける経営者にとっては、着手しないのはもったいないですね。
──調達部門の課題はどのような点にあるのでしょうか。
田村 企業の購入対象は生産に使う原材料や部品などの直接材と、各部署や現場で使用する工具や消耗品などの間接材に分けることができます。

直接材の場合、購買担当部署による一括購入が一般的で、コスト管理が進んでいる領域です。
一方、間接材の場合、購買業務プロセスのデジタル化が進まず、各事業部門任せになっている企業が多いのが現状です。そのため、さまざまな非効率や無駄が発生しているのです。
──具体的にどのような非効率や無駄が生じているのでしょうか。
田村 まずは、購買業務プロセスにかかる工数コストが無駄にかかっています。
会社で必要な備品、例えば、突然のオフィスレイアウト変更などに必要なちょっとしたPCアクセサリや、現場改善活動に必要な治具などを購入する際に手続きのわずらわしさを感じる人も多いのではないでしょうか。
何に使うのか、なぜこの商品なのか、金額は適正なのかを申請するように求められ、その後、複数の上長の承認が必要になるなど、かなりの手間がかかります。
特に大企業の現場にお話を伺うと、接着剤や軍手などのような単価の小さな買い物一つにも複数の書類稟議、押印が必要になっており、面倒だ、という声が上がります。また、こうしたプロセスが多岐の部門にわたっているということから、全社的な非効率が生じているということになります。
鈴木 デジタル化が進んでいない企業だと、購買業務プロセスにハンコ文化が残っていたり、紙や帳票の原本で管理する習慣が根強かったりすることもあります。
田村 そうなんです。しかも、それぞれの事務処理に社員が介在しており、その人件費も膨大な額になります。
また、購入コストも割高なまま、見直しがされていないということも課題です。事業所や部署単位で個別に購入されており、また1部署だと価格も少額になるため、全体像が見えづらく、コスト見直しがされにくい領域です。

結果、数年以上にわたって調達改善が進まず、購入コストが結果的に割高になっているケースが多くみられます。
本来であればもっと生産的な業務に従事できる人材が、こうした事務処理に従事しているのは生産性の面からも損失ではないでしょうか。
調達DXの3つのメリット
──改革を進めた先に、どのようなメリットがあるのでしょうか。
田村 「調達部門のDX」を進めるメリットは大きく分けて3つあります。
1つ目が購買プロセスの見直しを通じたトータルコスト削減です。
社員が間接材を購入する際、従来は購入前に稟議書を作成したり、購入後に精算手続きをしたりといった作業が必要でしたが、デジタル化によって在庫管理・購買承認プロセスが効率化され、社内手続きが大幅に簡素化されます。
鈴木 購入担当者から見れば、社内の購入申請をする手間が省けますし、本社からすればさまざまな支払い手続きや伝票処理から解放されるので、人手不足の日本企業にとって大きなプラスになるはずです。
田村 2つ目は購入コストの削減です。多くの場合、間接材は各現場が複数のサプライヤーから購買しています。
それぞれの現場が、バラバラのタイミングや条件で購買しているため、全社的に非効率で割高な状態になっています。
例えば、作業用手袋がさまざまな工場現場や工程に使われているのですが、別々のサプライヤーからバラバラのタイミングや購買条件で調達しているため、一番メリットのある条件や商品に気が付くことができておらず、全体的に非効率で割高な状態でコスト負担になっていたというケースが少なくありません。
一般的に25%から50%のコスト削減と生産性向上が期待できると言われているので、削減幅はかなり大きいと言えるでしょう。
鈴木 間接材への支出は、グループ全体、グローバル全体で集約すると非常に大きな調達金額になっています。
集中購買をすることによって、直接材だけでなく間接材についても原価低減、価格の低減が実現できるのは大きなメリットですね。
田村 3つ目は、ガバナンスの強化です。
デジタルによって可視化していない購買プロセスは、不正が発生するリスクがあります。「受注者と発注者が口裏を合わせてキックバックを受け取っていた」「仕入れた間接材を転売していた」といったコンプライアンス違反が発生するかもしれません。
DXによって購買プロセスを可視化すれば、購買活動の透明性が高まり、承認ルールの標準化が進むため、健全な購買環境を構築することができます。
鈴木 それも大事なメリットですね。不正行為が発生すると、企業は金額的な損失だけでなく、信用毀損も被ることになります。
近年は確立したワークフローを通じて購買業務に統制をかけることにより、効率性を損ねず、不正の発生を抑制する環境を構築する企業が増えています。
田村 モノタロウの場合、これらの調達DXの目的達成を支援するため、クライアント企業の購買管理システムとモノタロウのカタログ購入サイトを連携する「パンチアウト連携」という仕組みを用意しています。
「パンチアウト連携」とは社員が間接材を購入する際、企業側の購買管理システムを通じてモノタロウのカタログサイトに接続し、商品を購入するという仕組みです。
社員が購入手続きを行う際は、まず自社の購買管理システムを経由してモノタロウのカタログサイトにアクセスして商品選択をしていただきます。
購入手続きを進めると、購入完了の前に上長に通知が届きます。上長が購入を承認すると購入手続きが完了します。
これによるメリットは、大きく分けて二つあります。
1つ目は購買実績の一元管理が可能になり購買状況を把握しやすくなること。社内の購買管理システムを通じて購買をするため、どの担当者、どの拠点が購入してもすべての購買情報が蓄積されていくことになります。
2つ目は購買業務プロセスの効率化です。当社は企業理念に「資材調達ネットワークを変革する」を掲げ、徹底的に「お客様の調達に関わる時間を減らす」ことを追求してきました。
透明性のある一物一価のワンプライスポリシーを貫いており、「安い商品を探してサイトを巡回する」「サプライヤーと値引き交渉をする」といった手間がかかりません。
当社のサイトではユーザー特性に応じて検索結果を変えるといった工夫もしており、見えない場所でもユーザー第一を実現しています。
モノタロウのカタログサイトは、SAP Aribaなどの購買管理システムをはじめ、非常に多くの購買管理システムと接続可能となっているため、どの会社でも導入をご検討いただけます。
改革が進まない2つのパターン
──無駄な出費を削りたいと思っても、社内で改革の声がなかなか上がらないのはなぜでしょうか。
鈴木 購買は多くの社員が関わるため、部署単位ではなく全社一丸となって取り組む必要があります。経営層がDXによって目指す姿や、業務改革の強いメッセージを現場に向けて発信することが重要だと思います。
田村 現場には現場なりの新しいシステムを「拒む理由」があります。例えば、既存のシステムのほうが良い、購買システム上に欲しい商品がない、UIが使いにくい、自分の業務に適していないなどです。
鈴木 システム導入の観点から見ると、DXは単にシステムを入れて実現できるものではありません。システム、プロセス、データ、人、組織の5つにきちんと目を配り、「五位一体」となってDXを設計し、実行していくことが必要です。
社内のさまざまな立場の人に耳を傾けて、進捗状況のモニタリングと分析を行い、解決に向けたアクションを取れる体制を構築していくことが重要です。
田村 現場社員からは、経営主導のDXと自分たちの購買業務の関係が見えていなかったり、「本社は本気なのか」「本当に改革しようとしているのか」と一歩引いて見ていたりするケースも多いと感じます。
DXが進んでいる企業の担当者は、どうすれば現場を巻き込めるか、どういうフローを構築すれば使い勝手が良いかといったことを真剣に考えています。
現場社員の心理的抵抗を少しでも減らすよう、食堂の前で説明会を開きモノタロウのサイトを自社工場で使えることを周知してくれたり、ログインや注文の手順書を作ったりといった工夫をされています。
鈴木 そうした工夫を通じて、現場の従業員は本社の本気度を実感できるようになります。現場にも非効率な業務を改善したい気持ちがありますが、日々の業務が忙しく、新しいシステムの導入に抵抗を覚える人がいます。
そうしたなかで、現場に寄り添うことでDX推進に向けた一体感を醸成できると、ツールの導入が円滑に進むようになります。
田村 現場レベルの不安としてよく上がってくるのが、これまで購入していた商品を今後も使えるのか、従来通りの納期に届くのかといった声です。
間接材は利用頻度が少ないため、リードタイムが長いという課題がありました。当社との連携によって、商品が届くまでのリードタイムを短縮することも可能です。
モノタロウは多くの顧客基盤を持つことから、滅多に売れないような商品を含め自社倉庫に約57万点もの商品をストックし、ご注文をいただければ当日出荷する体制を構築しています。
